ハーツクライの軌跡 2005年有馬記念を制覇&父としてスターホースを多数輩出/名馬列伝

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当記事では2005年の有馬記念および2006年のドバイシーマクラシックを制した名馬ハーツクライについて記載する。

2005年の有馬記念を制したハーツクライ(撮影:下野雄規)
2005年の有馬記念を制したハーツクライ(撮影:下野雄規)
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  1. 【概要】ハーツクライとは
  2. 【競走馬として】衝撃の有馬記念制覇
  3. 【種牡馬として】主な産駒
  4. 現役時のライバル馬
  5. 2023年3月9日死亡
  6. 関連情報

【概要】ハーツクライとは

 ハーツクライは日本の競走馬・種牡馬。2004年の日本ダービー、2005年の宝塚記念ジャパンカップでそれぞれ2着に好走するなど最前線で活躍し、続く2005年の有馬記念を制してグランプリホースの栄冠を手にし、続くドバイシーマクラシックを完勝した名馬である。日本調教馬で唯一ディープインパクトに先着した競走馬としても知られている。

 その他、2006年の英G1・キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスで3着に好走したことや、アルカセットに惜しくも届かずハナ差2着で敗北を喫したジャパンカップで2分22秒1という当時のタイレコードを記録するなど、印象深い現役生活を送った。

【競走馬として】衝撃の有馬記念制覇

 2004年1月にデビューを迎え、初陣を白星で飾ると、3戦目の若葉ステークスを制してクラシック路線に駒を進め、皐月賞に出走。その後京都新聞杯を制し重賞初制覇を飾ると、続く日本ダービーではキングカメハメハがレコードタイムで駆け抜ける中、後方から末脚を伸ばして2着入線を果たした。その後、菊花賞ジャパンカップ有馬記念に参戦するが、テイエムオペラオー以来の秋古馬三冠を達成したゼンノロブロイに太刀打ちできず、3歳シーズンを終える。

 古馬入り後の2005年は飛躍の年となる。宝塚記念では後方から鋭い追い込みを見せてスイープトウショウからクビ差の2着。ジャパンカップでは当時のレコードタイムで駆け抜けたアルカセットとハナ差の接戦の末に2着となった。なお、いずれも前年の年度代表馬ゼンノロブロイに先着していた。

2005年有馬記念出走時のハーツクライ(撮影:下野雄規)
2005年有馬記念出走時のハーツクライ(撮影:下野雄規)

その後、同年のクラシックで無敗三冠を成し遂げた歴史的名馬ディープインパクトが出走する有馬記念に参戦。それまでの後方待機策から一変、3・4番手での追走から早めに抜け出し、ディープインパクトの追撃を抑え、悲願のG1初制覇をグランプリの舞台で成し遂げた。なお、ディープインパクトが日本国内で敗北を喫したのはこの一戦のみであり、ハーツクライディープインパクトに唯一先着した日本調教馬として知られる所以にもなっている。

ドバイシーマクラシック勝利時のハーツクライ(撮影:高橋正和)
ドバイシーマクラシック勝利時のハーツクライ(撮影:高橋正和)

 2006年シーズンの始動戦はドバイシーマクラシックとなった。レースでは同世代の名牝ウィジャボードやアレクサンダーゴールドランなどが出走していたが、今度はスタートから積極的にレースを展開し、逃げ・先行のかたちで馬群を牽引。最終直線で後続を突き放し、2着に4馬身差をつける圧勝でG1・2勝目を飾った。

 その後イギリスの大レースでも好走したハーツクライだったが、帰国初戦となった同年のジャパンカップで10着に大敗。レース前からノド鳴りの症状が見られていたこともあり、レース直後に引退が発表され、2007年より種牡馬として供用されることが決定。ターフを退いた。

【種牡馬として】主な産駒

 現役引退後は北海道安平町の社台スタリオンステーションで種牡馬入りを果たし、2010年に初年度産駒がデビュー。2011年の青葉賞ウインバリアシオンが産駒初重賞制覇を飾り、2013年の天皇賞(秋)ジャスタウェイが勝利したことで産駒初G1制覇を達成した。

 以降、さまざまなスターホースを輩出。ディープインパクトキングカメハメハが種牡馬リーディング上位に居たことでリーディングサイアーとなることは叶わなかったが、2019年にはリーディング2位、2014年、2015年、2018年、2021年、2022年にリーディング3位という繁殖成績を残している。

現役時のライバル馬

2023年3月9日死亡

 2020年に種牡馬を引退し、その後も同所で繋養されていた。2023年3月9日に起立不能となり、翌10日に死亡が発表された。

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