第1話 あの日、南相馬にて

  •  いつの間にか、風が止まっている。  海に向かってゆるやかに傾斜する放牧地に立った杉下将馬は、あたりを見回し、首をかしげた。  まだ夕凪になる時刻ではないのだが、海風に運ばれてくる潮の香りが薄らいでいる。海岸通りを走るクルマのエンジン音や漁港のざわめきが、いつもより遠くから聞こえるような気がした。  2011年3月11日、午後2時半を回ったところだった。 「おーい、どうしたあ?」  将馬は放牧地にいる3頭の繁殖牝馬に声をかけた。3頭とも厩舎に近い牧柵のところにいて、こちらを見ている。こんな時間に馬房に戻りたがるなど珍しい。  福島県南相馬市小高区、杉下ファーム。これら3頭の繁殖牝馬がいるだけの、小さなサ

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